1.飲食店責任者殺人事件

目次


 増田ますだ かえでは警視庁捜査一課の女刑事だ。
 今も、殺人事件の逃げる犯人を追っている。
吉田よしだ 健三けんぞう、待ちなさい!」
 楓は、通り魔殺人の吉田を行き止まりへと追い込む。
「……………………」
 逃げ場を失った吉田は開き直ると振り返ってナイフを取り出す。
「お、落ち着きなさい! そんなことしても意味はないわ!」
 楓が吉田に向かって両手を前に出す。
 そこへ他の刑事が集まってくる。
「そのナイフ、こっちにくれる?」
「うるせえ!」
 吉田はナイフを振り回しながら逃げ出そうと走り出す。
 刑事たちは総動員で吉田を取り押さえた。
 警視庁へと連行される吉田。
 犯人を検挙したその日、楓は家へと帰った。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
 出迎えるのは、端正な顔立ちをした大人の女性。
 自分と瓜二つなその人物は、双子の姉の紅葉もみじだ。
「はー、疲れた。もう寝るわ」
「食事は?」
「いい」
「お風呂ぐ——」
「明日入るわ」
 楓は寝室に入り、ベッドにダイブする。そしてそのまま眠りに就いた。

 夜も更け、コンビニのバイトを終えた男子大学生が帰宅途中、不審な人物に後を付けられた。
 手袋をした背後のその人物は懐からナイフを取り出し、男子大学生に一気に接近して背部を思い切って突き刺した。
「う!?」
 激痛を覚えた男子大学生は歩みを止め、その場に崩れ、やがては息絶える。
 暗闇に包まれた何者かの表情は端正な顔立ちをしており、不適な笑みを浮かべていた。
 快楽犯なのであろうか——。

 翌朝、ジョギングコースを走っていた女性が、男子大学生の遺体を見つけて悲鳴を上げる。
「きゃああああ!」
 通報を受けた警視庁の捜査員が、事件の捜査に乗り出す。
 鑑識による現場検証が行われ、一課の刑事が被害者に合掌する。
 そこへ、連絡を受けた楓が合流する。
「おはよう」
「おはようございます、増田警部補けいぶほ
「被害者は?」
「名前は正木まさき 雄太ゆうた。都内の私立大学に通っている学生です。死亡したのは昨日の夜十一時から十二時ごろ。近所のコンビニのバイトを終え、帰宅途中だったものと思われます。財布等、金品は手付かずだったので、物取りではなく怨恨ではないかと思われます」
「そう」
 楓は被害者の顔を拝む。
「あら?」
「どうしました?」
「この人、生安せいあん時代に見かけたわね」
「というと?」
「確か、ある女性にストーカー行為をしていて、私が警告を出したんじゃないかしら」
「ストーカー……ですか。念のため、その女性に捜査員を当たらせます」
「よろしく」
 楓は現場付近を見渡す。
 日中でも人通りがなく、閑散とした道路だ。
 夜、人目を忍んで人を殺すのには都合のいい場所である。
 付近に防犯カメラはなく、犯人を特定できそうな手掛かりはなかった。
「はあ……、長丁場になりそうね」
 楓はコンビを組む部下の刑事と共に、被害者が通う大学へ向かった。
 正木と親しかった教授に話を聞く。
「え? 正木くんが?」
「はい。昨夜、何者かに殺害されました」
「そうでしたか……」
「彼を恨む人物に心当たりはありますか?」
「いえ、わかりかねます」
「そうですか。形式的なものですが、あなたは昨夜十一時から十二時ごろ、どこで何を?」
「私は昨日は当直でしたので、この大学に泊まりました」
「それを証明する人物は?」
「そう言えば、トイレに行く時に警備員さんと会いました」
「わかりました、ありがとうございます」
 楓たちは警備員に裏を取り、学生たちからも話を聞いた。
 女子学生からの評判は悪く、あまりいい印象ではなかった。
 しかし、犯人に繋がる有力な手掛かりは得られなかった。
 捜査が進まぬ中、新たな場所で遺体が発見された。
 喫茶店の責任者が店内で死んでいるのを、開店準備をしに出勤した従業員が発見した。
 従業員の話では、その従業員が責任者を一人残し、帰宅した時が最後に見た姿だという。
 遺体の頭部には殴られた痕があり、そばに落ちていたガラスの灰皿が凶器ではないかと考えられた。
 鑑識の結果、灰皿からは指紋が検出された。
 捜査員は被害者の交友関係を洗う。
 容疑者を絞り、三人の若者を呼び出した。
 我妻あがつま 啓介けいすけ。高校教師。
 吉崎よしざき 一郎いちろう。フリーター。
 三枝さえぐさ みお。塾講師。
 彼らには被害者の死亡推定時刻である前日の夜の時間帯にアリバイがなかったために集められた。
 三人は被害者の金松かねまつ 洋一よういちと小中高が一緒の同級生だった。
「御三方、もう一度事件があった時刻について何をしていたか、説明して下さい」
 我妻は事件当夜。
「俺は高校で生徒の答案を採点してたよ。生徒たちが下校してから十一時くらいまでね」
 吉崎の証言はこうだ。
「僕は家で勉強していたよ。弁護士の資格を取りたくて」
 三枝は。
「私はテレビで映画を見てたわ」
 楓はスマホで昨晩のテレビ情報を見ている。
(なるほど)
「三枝さん、昨日見た映画のタイトルは?」
「え? 確か、義骸警察というタイトルじゃなかったかしら?」
「それは嘘ですね?」
「なんでよ?」
「テレビで義骸警察はやってないんですよ」
「ビデオよ」
「ビデオ?」
「DVDプレイヤーで見ていたのよ」
 楓は捜査員に確認する。
「僕があなたを呼びに部屋に入ったとき、DVDプレイヤーはありませんでしたけどね」
「な……!」
 焦る三枝。
「三枝さん、犯人はあなたです」
「澪、どうしてそんなことを?」
 と、吉崎。
「わ、私じゃないわ!」
「言い逃れなんて見苦しい」
 そういうのは我妻だ。
「話は署で聞きますよ」
 捜査員が三枝を連行する。


目次

タイトルとURLをコピーしました